【豊臣兄弟!聖地巡礼】旅好き薬剤師が秀吉本陣跡と竹中半兵衛のお墓を巡ってきた

旅行

こんにちはー!
旅が大好きな薬剤師のぽっけです🐿️
年に10泊以上、気ままに旅をしながら、その土地の景色やごはん、そして人との出会いを楽しんでいます。

今回はちょっと真面目な旅のお話です📖
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第23話「さらば半兵衛」を見て、菅田将暉さん演じる竹中半兵衛の最期のシーンに、うるうるしてしまいまして…😢
気づいたら「これは現地に行くしかない!」と、兵庫県の三木合戦ゆかりの地を巡る小さな旅に出ていました。

秀吉の本陣跡から半兵衛のお墓、そして黒田官兵衛ゆかりの御着城跡まで。
大河ファンはもちろん、歴史にそこまで詳しくない方にも楽しんでいただけるように、アクセスや駐車場情報もあわせてまとめました🚗
薬剤師のちょっとした視点も混ぜながら、ゆるっと紹介していきますね。

三木合戦とは?大河「豊臣兄弟!」で話題の”三木の干殺し”をやさしく解説

三木合戦は、天正6年(1578年)から天正8年(1580年)にかけて、播磨(現在の兵庫県三木市)で起きた戦いです。
それまで織田方についていた別所長治が突然離反し、毛利方に寝返ったことがきっかけでした。

織田信長の命を受けた羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)は、三木城を力攻めするのではなく、周囲に付城(陣城)を築いて城を包囲し、兵糧の補給路を断つ作戦をとります。
これがのちに「三木の干殺し」と呼ばれる、約2年にも及ぶ壮絶な兵糧攻めです。

城内では兵や住民が飢えに苦しみ、最終的に別所長治が自らの命と引き換えに一族の助命を条件として開城したのが、天正8年1月のことでした。
大河ドラマでは、池松壮亮さん演じる秀吉と、仲野太賀さん演じる秀長が、この過酷な戦いの中で悩み葛藤する姿がとても丁寧に描かれていて、見ていて胸が締めつけられました。

そしてこの三木合戦の最中、秀吉の軍師として作戦を支え続けたのが竹中半兵衛です。
次の章では、その半兵衛が最後まで身を置いた「秀吉の本陣跡」からご紹介していきますね。

秀吉の本陣「平井山ノ上付城跡」に登ってみた

まず訪れたのは、三木合戦における秀吉方の本陣が置かれた平井山ノ上付城跡です。
三木城を見下ろす山の上にあり、当時ここから戦況を見渡していたのかと思うと、それだけで胸が熱くなりました🔥

アクセス・駐車場情報

公共交通機関だけで行くのはなかなか難しい場所なので、車での訪問がおすすめです。
登り口付近に10台分ほどの駐車スペースがあり、そこから本陣跡までは山道を歩いて登ることになります。
スニーカーなど歩きやすい靴で行くのが安心ですよ👟

登り口から主郭までは、ゆっくり歩いても15〜20分ほど。
思っていたよりしっかり山道なので、暑い時期は水分を持って行くのを忘れずに💧

段状の平坦地群と主郭 — 山の斜面に残る陣城の遺構

山を登っていくと、斜面に沿って何段にも連なる平坦地が現れます。
これは兵を配置したり、陣を張ったりするためにつくられたもので、当時の陣城としての機能がしっかり残っているのがよくわかります。

本陣の中心・主郭

頂上付近の主郭まで登ると、木々の間から三木城方面を望むことができます。
この景色を、秀吉や半兵衛たちも眺めていたのかもしれない…と思うと、大河のワンシーンがふっと頭によみがえってきました。

太閤道を歩く — 秀吉が通ったと伝わる道

本陣跡周辺には、秀吉が実際に通ったと伝わる太閤道も整備されています。
木漏れ日の中を歩いていると、静かで、少し厳かな空気が漂っていて、戦国の緊張感が今も残っているように感じました。

大河ドラマ第23話では、この本陣で秀吉たちが厳しい判断を迫られる場面が描かれていましたよね。
実際にこの場所に立ってみると、ドラマで見た緊迫したやりとりが、より生々しく感じられました。

軍師・竹中半兵衛のお墓へ|菅田将暉さん演じた天才軍師、最期の地

本陣跡から続けて訪れたのが、竹中半兵衛のお墓です。
三木合戦の最中、半兵衛はこの陣中で病に倒れ、生涯を終えました。

お墓の場所と行き方

竹中半兵衛のお墓

お墓は平井山のふもとにあり、本陣跡とセットで巡れるのがうれしいポイントです。
本陣跡から下山してすぐの場所にあるので、順路としてもとても自然につながっています。

現地に設置された解説看板

お墓の横には解説看板が立っていて、半兵衛の生涯や三木合戦での役割について詳しく知ることができます。
ドラマで見た人物の実際の足跡が、こうして今も大切に守られていることに、なんだかじんわりしてしまいました。

半兵衛はなぜ36歳で?労咳(結核)と陣中での最期

竹中半兵衛は、三木合戦の陣中で労咳(結核)により、わずか36歳でこの世を去ったと伝えられています。
秀吉から「本国に戻って療養するように」と勧められても、最後まで陣を離れなかったというエピソードも残っていて、その忠義深さに心を打たれます。

ここでちょっとだけ、薬剤師目線のお話をさせてください💊
結核の治療薬であるストレプトマイシンが登場したのは、実は昭和になってからのこと。
半兵衛が生きた時代には、結核を根本から治す薬はまだ存在していませんでした。

もし半兵衛が現代に生きていたら、きっと治療できていたはずの病気です。
そう考えると、時代の医療の限界と、その中で懸命に生き抜いた一人の武将の姿が、より切なく感じられました。

姫路「御着城跡」へ|黒田官兵衛が仕えた小寺氏の居城

三木市から少し足を伸ばして、姫路市の御着城跡にも立ち寄りました。
ここは、黒田官兵衛が仕えていた小寺氏の居城があった場所です。

アクセス・駐車場情報

御着城跡はJR御着駅から徒歩でアクセスできる、とても行きやすいスポットです。
現在は公園として整備されているので、駐車場も併設されていて、車での訪問も安心です🚙

御着城本丸跡と黒田官兵衛顕彰碑

公園として整備された御着城本丸跡

本丸跡には、当時の面影を伝える案内板や石碑が設置されています。
敷地内には黒田官兵衛顕彰碑もあり、官兵衛ファンにはたまらないスポットです。

黒田官兵衛顕彰碑

天川橋 — 江戸時代の石橋

江戸時代に架けられた天川橋

園内には、江戸時代に架けられた天川橋も残されています。
戦国時代とはまた違った時代の空気を感じられる、静かで趣のあるスポットでした。

官兵衛のお父さん・黒田職隆の廟所にもお参り

黒田官兵衛の父・黒田職隆の廟所

御着城跡の近くには、官兵衛の父である黒田職隆の廟所もあります。
親子二代にわたって播磨の地に深く関わっていたことを実感できる、貴重な場所でした。

黒田官兵衛は、三木合戦の際に秀吉の側近として策略や交渉に携わったとされ、竹中半兵衛とも深い関わりがあった人物です。
御着城跡を訪れることで、三木合戦の物語がより立体的に見えてくる気がしました。

半日で回れる!三木合戦ゆかりの地モデルコース

今回実際に巡った順路は、以下のとおりです。
車があれば半日程度でまわれるコースなので、日帰り旅行にもぴったりですよ🚗

  • 平井山ノ上付城跡(秀吉本陣跡):登り下りあわせて1時間程度
  • 竹中半兵衛のお墓:本陣跡から徒歩すぐ、15分程度
  • 御着城跡:車で移動、滞在1時間程度

移動はすべて車が基本になりますが、三木市内から姫路市内までもそれほど距離があるわけではないので、余裕をもったスケジュールで回れます。
歴史好きの方はもちろん、大河ドラマをきっかけに興味を持った方にも、無理なく巡れるコースだと思います。

まとめ|大河を見てから行くと100倍楽しい

今回は、大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第23話をきっかけに訪れた、三木合戦ゆかりの地をご紹介しました。
秀吉の本陣跡、竹中半兵衛のお墓、そして御着城跡と、それぞれの場所に立つことで、ドラマで見た物語がぐっと身近に感じられました。

放送が進んでいる今だからこそ、旬のタイミングで巡るのがおすすめです。
ぜひ大河を見た後の週末に、播磨の地へ足を運んでみてくださいね🐿️

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
また次の旅でお会いしましょう✈️